お出かけ:北房コスモス広場(2021年10月下旬)

筆者は北房コスモス広場のコスモスが好きです。

2021年10月26日撮影 コスモス

満開でした。
毎年10月の第二日曜に開催される「北房コスモスまつり」は中止でしたが、コスモスは今年も綺麗に咲いていました。

2021年10月26日撮影 コスモス

今回は、ペットボトルタワーが設置されていました。

筆者は今まで知らなかったのですが、「北房ハート広場イルミネーション」という毎年12月中旬から2月中旬まで行われるイベントがあるようです。このペットボトルタワーはそのイルミネーション装置の一部だと思います。2020年、2019年、2018年と、イベントの規模を縮小しながらも開催されていたようです。きっと見応えのあるイルミネーションなんでしょうね。今年も開催されるといいですね(^-^)

ところで、気のせいかもしれませんが、今年のコスモスの草丈が何となく低い…。過去記事(岡山県北のコスモス畑)のコスモスの写真と見比べてみましたが、ちょっとよく分かりませんでした。でも、多分いつもより低いんです。

コスモスの草丈を低く育てる方法に、種まきを遅くするというものがあります。例年より種まきが遅かったのでしょうか? それとも、今年はついこの間まで夏のような暑さが続き、いきなり秋になったという感じなので、異常気象が影響しているのでしょうか? 色々調べてみたのですが、よく分かりませんでした。ただ、コスモス絡みのSNSを見ていると、今年のコスモス背が低め、というような投稿をいくつか見かけましたので、きっと何かあるんだと筆者は思っています。

2021年10月26日撮影 コスモス

下から見上げる丘の上のコスモスもなかなか良いですョ

美観地区の鳥たち

まずは阿智神社の鳥。 あれ?

以前見た時は、ニワトリのオスが1羽いました(過去記事:阿智神社(鶴形山)の動物)。こちらです👇

なんと2羽になっているではありませんか! しかも、どうも普通のニワトリではない…。

ウコッケイ(烏骨鶏)のオスとメスではないかと思います。ニワトリの一品種で、東アジア原産なんだそうです。日本では古くから飼われていて、1942年に国の天然記念物に指定されています。 筆者の早朝ウォーキングの時、「コケコッコー」ときれいに鳴いていました。一般的に我々がイメージする、あの「コケコッコー」です。あまりにもソレだったので、ちょっとおもしろかったです。

次はこちら。

どこにいるのか分かるでしょうか? 写真の中央ど真ん中です。時々紹介していますが(過去記事:美観地区のキジバト(ヤマバト))、野鳥のキジバトです。しばらく見ていたら、もう1羽飛んで来ました。

きっとペアなんだと思いますが、仲が良いのか悪いのか、ちょっとよく分からない状況でした。右のキジバトが左のキジバトの側に寄ると、左のキジバトが羽をバタバタさせて激しく距離を保とうとし、なんなら攻撃しているようにも見えました。仲睦まじいつがいの姿が一般的なキジバトですが、色々あるものですね。ちなみに、オスメスの区別はなかなか難しいらしく、筆者には分かりませんでした。どちらがオスで、どちらがメスだったのか、気になるところです。

しばらくバタバタした後、1羽だけどこかへ飛んで行きました。その場を去ったのは、オスメスどちらだったのでしょうか? とても気になるところです。

そしてこちら。早朝です。

倉敷川源流付近の白鳥です。スイスイ泳いでいたのですが、突然杭の上にスッと乗ったんです。踏み外すこともなく、慣れている感じでした。杭の上で羽づくろいをしたり首をギューッと伸ばしたり、朝のルーティーンなんでしょうかね(^-^)

  

そしてこの秋、まだカワセミを見ていません。また遭遇したいものです。

早朝の美観地区をお散歩(2021年10月上旬)

良い季節なので、早起きして美観地区を歩いてみました。
まずは鶴形山(阿智神社)からです。

鶴形山の鐘楼
過去記事(鶴形山の鐘楼:棟方志功)でも紹介しました現役で活躍する「時鐘」です。朝6時の鐘を近くで聞くことが出来ました。

阿智神社の参道
西側の参道から登って行きました。まだ薄暗かったので外灯が点いていました。外灯に突き当たって左に行けば「阿知の藤」、右に行けば阿智神社の正面参道に辿り着きます。

阿智神社境内
だんだん空が明るくなってきています。参拝者もちらほら見かけました。早朝ウォーキングのコースなのか、階段を往復している方もいらっしゃいました。

美観地区の路地(本町東側)
路地の奥へ進むと東町に行きつきます。手前左に焼き鳥店「高田屋」の看板が見えます。もうすぐ朝日が見えて来そうです。

倉敷アイビースクエアの北側の路地
右側の壁は煉瓦で、倉敷アイビースクエアの一部です。朝日に照らされる煉瓦はとてもきれい✨この路地はとても狭く、車が一台通れるかどうかです。

倉敷アイビースクエアの旧児島館
旧児島館の中庭(煉瓦スペース)中央に、ベンチがぽつんと置かれていました。昼間は外壁に沿って置かれていたと思うのですが…。たまたまなのでしょうか? 筆者はこのベンチの位置が好きです。

風見鶏
廣榮堂本店の屋根の上の風見鶏です。美観地区の倉敷川沿いに位置しています。目の前には「高砂橋(美観地区最南端の橋)」です。早朝の風見鶏は格別です。

美観地区の路地(本町中央)
路地の奥は「有隣庵」です。この路地も狭いです。白壁となまこ壁が美しく、ザ・美観地区の路地、だと思っています。随分明るくなってきました(^-^)

大原美術館
朝日を浴びる大原美術館です。ツタ(アイビー)が少し色づいてきました。夕暮れ時や夜のライトアップも美しいのですが、早朝、東からの日に照らされる大原美術館もなかなか良いですね。

倉敷川源流付近
「語らい座 大原本邸(旧大原家住宅)」前の倉敷川です。少しずつ紅葉が進んでいます。白鳥も優雅に泳いでいました。

早朝の、人通りも少なく、これから動き始める美観地区、おススメですョ。

倉敷アイビースクエアの白い睡蓮

過去記事(倉敷アイビースクエアの睡蓮)で紹介しましたが、倉敷アイビースクエア敷地内の池には、見事な睡蓮が大事に植えられています。クロード・モネの庭園→大原美術館→倉敷アイビースクエアと株分けされて現在に至ります。

もう10月なので、花は咲いてないだろうなと思いながらも、早朝見に行ってみました。 

2021年10月4日午前6時30分頃撮影 睡蓮     

白色の睡蓮のつぼみを見つけました! 睡蓮は昼間に咲いて夜にはしぼむ花です。早朝ということで、花は開いていませんでした。午後にもう一度行ってみることにしました。

2021年10月4日午後2時頃撮影 睡蓮

白色の睡蓮が開花していました!

他の色の睡蓮は見当たりませんでした。白色の睡蓮がしぶとく咲いてくれていることに感謝です。でも、なぜ白色の睡蓮の開花期間が長いのでしょうか? 植物の原種には白色の花を咲かせるものが多いような気がするのですが、何か関係があるのでしょうか?

しばらく倉敷アイビースクエアの睡蓮を見た後、美観地区を通って帰宅しました。その帰り道で、狭いスペースにびっしり睡蓮のような葉っぱが水面を覆いつくしているのが目に入りました。地図上のオレンジの矢印の部分です👇

出展:倉敷物語館前の立て看板
岡本直樹「倉敷川畔美観地区鳥瞰絵図」の一部
2021年10月4日午前6時30分頃撮影

はっきり確認できたつぼみは3つでした。こちらも白色の花です。そして午後の様子がこちらです。

2021年10月4日午後2時頃撮影

白色の睡蓮だと思って初めは見ていたのですが、花が倉敷アイビースクエアの睡蓮と比べて一回り小さいような気がしました。でっかい浮草みたいな存在感で、大原美術館や倉敷アイビースクエアの睡蓮とは色々何かと違うような…。

そして思いついたのが未草(ひつじぐさ)です。未草は、ため池や湖沼、水路などに生育します。日本唯一の在来種の睡蓮です。

出典:Wikipedia 未草

未草の名の由来は、未の刻 (午後2時) 頃に花を咲かせるためとされることが多いようですが、午後2時あたりから花が閉じ始めるためというのもありました。そして未草はスイレンの仲間です。花は直径3~7㎝なので、睡蓮より一回り小さい印象ですね。葉の形は、卵円型から楕円形ということです。

睡蓮と未草の区別はなかなか難しいようですが、葉っぱの形が、あのスペースの植物はほぼまん丸だと思うので、やはり、睡蓮なんでしょうね。

ちなみに未草は、地域によっては絶滅危惧種に指定されているようですョ。

大原美術館:『想い』カリエール

アンニュイ(フランス語で 「倦怠感」「退屈」「物憂さ」) な雰囲気ですね~。作品名は「想い」です。

大原美術館
ウジェーヌ・カリエール(1849-1906)
『想い』1893年頃

【鑑賞の小ネタ】
・フランスの画家
・フランス象徴主義を代表する画家
・靄(もや)がかかったような画風
・彫刻家ロダンと親交
・「アカデミー・カリエール」を創設

カリエールは、29歳で結婚し、7人の子どもに恵まれました。妻や子どもの日常の姿を数多く描いています。穏やかな優しい目線で描かれた作品から、「母性の画家」とも称されているようです。

『想い』のモデルは誰なのでしょうか? モデルの女性の年齢は、筆者には十代後半に見えます。鑑賞者によっては、もう少し年上に見えるという意見もあると思いますが。ちなみに、次の作品のモデルの詳細は、はっきりしています👇

個人蔵
『手紙』1887年頃

手紙を読んでいるのはカリエールの長女エリーズ(9歳)、こちらを見ているのは次女マルグリット(5歳)とされています。カリエールは家族をモデルにすることが多いので、『想い』のモデルもきっと家族の誰かだと筆者は思っています。仮に『想い』のモデルが長女エリーズだとすると、制昨年1893年当時は、15歳ということになります。

『想い』のモデルと首の角度や顔の輪郭が似た作品を見つけました👇

『ヴァイオリンを弾く娘』1900年頃

この絵の作品名には「娘」とはっきりと記されていますね。 ヴァイオリンを弾く女性 が長女エリーズとすると、12歳頃になります。

ところで、『想い』と制昨年が同じ1893年の作品があります👇

エルミタージュ美術館
『テーブルに肘をつく女性』1893

この女性は十代には見えませんね。カリエールの娘ではないと思います。モデルの多くが家族ということで、カリエールの妻でしょうか?

そしてカリエールの妻と次男ジャン=ルネ(1888~1982) の肖像画がこちらです👇

個人蔵
『カリエール夫人とジャン=ルネ』1902

家族の肖像画を見ていて思ったのですが、カリエールの子どもたちの髪の色は薄めの色(ブロンド、明るい茶色等)だったのではないかと。そのため、眉毛の色も薄くなり、眉の形がはっきりしないということになります。妻の髪の色はどうでしょう?子どもたちと比べて濃いめのように思います。眉も子どもたちよりはくっきりしています。

ということで、『想い』のモデルはカリエールの妻ではなく、長女エリーズ推しです。

   

また、カリエールは画塾「アカデミー・カリエール」を創設しています。このアカデミーからは、アンリ・マティス(1869-1954)やアンドレ・ドラン(1880-1954)という有名な画家が輩出しています。

     

それにしてもカリエールの絵画は、フランス映画のようですね…。