番外編:お茶目な動きのアルジイーター

どんどん大きくなるアルジイーター。川魚たちとは仲が悪そうですが、コリドラスには寄って行きます。

コリドラスはちょっと迷惑そうですが、スッと横に陣取ります。

アルジイーターは色んな所に張り付きます。

茎が細いウオーターマッシュルームの上はやめてほしいのですが、ドンッとよく乗っています。そして、一番面白いのが次の写真です。決定的な写真は撮れてないのですが。

水温計の下にアルジイーターがいます。水温計の先の青い部分を、ツンツン突きます。カタカタカタと音がします。最初何の音か分からなくて、なぜ水槽から変な音がするのか不思議でした。突くのが飽きたら、水温計の下を円を描くようにクルクル回ったりもします。まるで遊んでいるように見えます。

大きくなっても動きが子どものようなので、なかなか可愛い熱帯魚だなと思いました。 コリドラスは迷惑そうですが…。

大原美術館:『泉による女』ルノワール

ルノワール晩年の作品です。

大原美術館
ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)
『泉による女』1914

【鑑賞の小ネタ】
・フランスの印象派の巨匠
・女性の美を追求した画家
・『泉による女』は直接依頼した作品
・晩年は手が不自由

よく目にする絵はこれでしょうか?

オルセー美術館
『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』1876

第3回印象派展に出品された作品です。木漏れ日の表現等、話題を呼んだ作品です。厳しい批評もあったようですが、全体的に明るく楽しそうな雰囲気の作品だと思います。そして、ルノワール自身が「楽しい絵しか描かない」と豪語していたことは有名な話です。確かにルノワールの絵は、楽しく、可愛く、美しいものが多いですね。

作品に女性像(特に裸婦像)が多いのは、ルノワールがそれらのポリシーを貫いた結果なのかもしれませんね。大原美術館の『泉による女』は晩年の作品ですが、ルノワールらしい仕上がりになっていると思います。

『泉による女』には色々とエピソードがあるようです。1914年に満谷国四郎(岡山県出身の洋画家)が大原孫三郎(大原美術館設立者)の意を受けて、ルノワールの別荘を訪ね、作品制作の依頼をしました。この依頼には、児島虎次郎梅原龍三郎が深く関わっていると考えられています。そして安井曾太郎小川千甕 の2人の画家も同行したそうです。多くの日本の画家たちが関わっていたんですね。1年後に出来上がった作品を受け取りに行ったのは安井曾太郎です。後に安井曾太郎は、「・・・絵がまだ乾いていないので、持って帰るのに困ったね」と当時を振り返って話したそうです。(参考資料:大原美術館HP)

また、『泉による女』は、はじめ全裸だったそうです。日本は検閲がうるさそうだからとルノワール自身が白い布を描き加えたといいます。依頼品ということもあり、ルノワールの細やかな気遣いを感じるところです。

同じ1914年に制作された別の裸婦像があります。こちらです。

アーティゾン美術館(ブリヂストン美術館)
『すわる水浴の女』1914

女性の視線、白い布の位置、ポーズなど違いはありますが、とてもよく似ていると思います。現在はアーティゾン美術館に所蔵されていますが、そもそも 岸本吉左衛門(大阪の老舗鉄商の5代目)が買い求めたものなんだそうです。白い布の上に座っていますよね。完成した作品を購入したということなので、 依頼されて制作した『泉による女』に見るような白い布の位置に対する配慮は特に感じられません。

ところで『泉による女』と『すわる水浴の女』のモデルの顔に注目してみてください。似てると思いませんか?妻アリーヌの親戚で家事手伝いのガブリエル・ルナールではないかと最初は思いました。晩年のルノワールのよきモデルとなった人物です。200点近くの作品に登場しているようです。ガブリエルと名が作品名に入っている作品がこちら。

オルセー美術館
『薔薇を持つガブリエル』1911

どうでしょう?髪の色と目の色がちょっと違いますね。ルノワールの晩年は、歩くことが難しくなり、また関節リウマチにより手が変形したため、包帯を巻いて絵筆を握ったといわれています。そのような状況に対応できるのは、やはり家事手伝いでありモデルだったガブリエルなのではないかと考えたのですが。

色々調べると、ガブリエルが家政婦として共に暮らしたのは、1914年くらいまでだったようなので、ちょっと微妙だなと思いました。そして最終的に、アンドレ=マドレーヌ・ユシュラン (通称デデ)にたどり着きました。ルノワールの死後1920年に次男ジャンと結婚する女性(後の女優カトリーヌ・エスラン)です。

『一杯のコーヒー、アンドレの肖像(デデと呼ばれる)』1917

ガブリエルが結婚してルノワールの家を出て行った後、ルノワールはデデをモデルに(裸婦像も含め)多くの作品を描いたそうです。ルノワール最後のモデルといわれています。髪の色、目の色、肌の様子等、よく似ていますね。

大原美術館の『泉による女』のモデルはまだ少女の雰囲気がありますよね。下半身にはボリュームがありますが、上半身は大人の女性にしてはきゃしゃな感じがします。アーティゾン美術館の『すわる水浴の女』も同様です。デデは1900年生まれなので、1914年の頃は14歳ということで少女です。色々当てはまっているように思います。

ちなみに、日本で一般に公開された初めてのルノワールの油彩画は、『水浴の女』のようです。このモデルはデデではないでしょうね。1907年というとデデは7歳なので。

アーティゾン美術館
『水浴の女』1907年頃

最後に、ルノワールの最晩年の名言です。
…ようやく何か分かりかけてきたような気がする。私はまだ進歩している」 です。レジオン・ドヌール勲章を受章 するなど、生前から高い評価を得ていたルノワールですが、最期まで 満足することなく 芸術を探求し続けた人生だったようですね。

番外編:水槽の水質検査

コリドラス・パレアトゥス(青コリ) が謎の死を遂げました。昨日まで元気だったのに、今朝見たら、お腹が赤くなっていて、瀕死の状態でした。熱帯魚がよくかかる病気「エロモナス」かなと思いました。エロモナスは水槽の中に常にいる常在菌で、エロモナス感染症発症の原因は、主に水質悪化とストレスです。

それにしても、病気にしては展開が早過ぎました。何かおかしいと思って赤くなったお腹の部分をよく見てみると、ぼやっと赤いのではなく、鮮血に近い赤さでした。これはもしかしたら、川魚がつついたのかもしれないという疑惑が生まれました。もしそうだとすると、病気ではなく外傷ということになります。しばらく観察したんですが、特につつく様子もなく、真相は結局明らかになりませんでした。

  

水質については結構自信があったのですが、久しぶりに検査してみることにしました。理科の実験のようで、筆者的には結構好きな作業です。市販の検査キット(BICOM )を使うことにします。

まずはpHです。弱酸性を好む魚を入れているので、目標は6.0~6.5(※アクアリストによって多少前後する)あたりです。

BICOM  pH KIT

6.0~6.5の間くらいの色でしょうか?pHは大丈夫だと思います。水草も弱酸性を好むので問題なしですね。 次はアンモニアです。

BICOM  アンモニア

0.2でしょうか?バッチリですね。アンモニアは毒性が強いので、この数値が高いと絶対ダメなので良かったと思います。次は亜硝酸です。

BICOM  亜硝酸

これも、ほとんど検出されてませんね。アンモニアの次に毒性が高いので安心しました。次に硝酸です。

BICOM  硝酸

出ました。10~20あたりでしょうか? 硝酸の毒性は、アンモニアや亜硝酸ほど高くないとはいえ、これは問題ありです。対処法は色々あるのですが、まずは、水替えの質をよくすることだと思いました。現在、週1ペースで水替え(水槽の水3分の1程度)をしています。通常はこれで問題なしだと思います。これ以上回数を増やすのは濾過バクテリア的にもあまりよくありません。濾過バクテリアは、有害物質のアンモニア、亜硝酸、硝酸を分解してくれるとても大事な存在なので、過度の水替えによって、減らすようなことがあってはいけないというのがアクアリストの常識なんです。

最後に底砂の問題です。現在ソイル(土のような底砂)を使用しています。しかも厚めに。ソイルは水草に適していて、コリドラスのヒゲを傷つけることもないので、大丈夫のように思うのですが、実は賛否両論なんです。濾過バクテリアが分解しきれなかった有害物質を蓄積しやすいという致命的な欠点があるんです。現在の状態でできることは、ソイルを洗いながら水替えをするということになると思います。水替えと底砂掃除が同時にできるクリーナーポンプがあるので、それで頑張ってみます。それでもだめなら、底砂(ソイル)を薄くしたいと思います。

何か変化がありましたらまた報告します。

大原美術館:『水浴』セザンヌ

森の中でしょうか? 何かを見ているようですね。

大原美術館
ポール・セザンヌ(1839-1906)
『水浴』1883-1887

【鑑賞の小ネタ】
・絵のサイズは小さめ
・画面の中に三角形の構図あり
・「水浴」がテーマの作品多数
・セザンヌの「水浴」シリーズには
 珍しく男性の姿あり

絵のサイズは20×22.1㎝です。美術館内で実際見てみると、かなり小さい印象です。セザンヌの作品なので、もちろん存在感はありますが。
セザンヌは、絵画の構成をとても熱心に研究した画家でした。「水浴」では三角形の構図を取り入れています。

見た通りをそのまま描くのではなく、画面を構成するモチーフ(この場合、木や人体)が三角形になるように再構成しているそうです。

なぜ三角形なのでしょうか? 古くから三角形は、見る人に「安定」感を与える形なんだそうです。そういえばエジプトのピラミッド、かなり安定感ありますよね。どっしりとしていて完璧です。そして物理的にも、物を作る際に「安定させるためには三角形を作ること」とよく言われますよね。

出展:iichi 小さい鉄の棚受け金具

セザンヌの三角形の構図がとてもよく分かる作品がこちら。

フィラデルフィア美術館
『大水浴図』1898-1905

ピカソやマティスもセザンヌの水浴図を所有していたそうです。
ピカソは何点か持っていて、その1点がこちら。

ピカソ美術館
ポール・セザンヌ
『5人の水浴の女たち』1877-1878

そしてマティスが所有していたのがこちら。

パリ市立プティ・パレ美術館
ポール・セザンヌ
『3人の水浴の女たち』1876-1877

セザンヌの大胆な試みは、画家たちを刺激しました。「水浴」に触発されて制作したピカソやマティスの作品も残っているようですョ。

大原美術館の『水浴』は、最終的に大原美術館に所蔵されたもので、そもそも日本画家の土田麦僊が所有していたものなんだそうです。土田麦僊がヨーロッパ旅行中、大変ほれこんで購入したそうです。1921年から1923年にかけて旅行しているので、この期間中に購入したということになりますね。(参考資料:大原美術館HPより) 『水浴』購入後の土田麦僊の作品がこちら。

京都国立近代美術館
土田麦僊(1887-1936)
『大原女』1927

土田麦僊 の1923年以降の作品の中から、三角形の構図が顕著に見られるものを選んでみました。女性3人が三角形の構図で描かれているように見えませんか? 安定感がありますね。そして、森の中の感じも『水浴』に似ているように思います。

勢いのある画家たちに影響を与えた「水浴」シリーズですね。

大原美術館:『燭台』パウル・クレー

黄色い絵だなと思いました。

大原美術館
パウル・クレー(1879-1940)
『燭台』1937

【鑑賞の小ネタ】
・燭台はどんな形?
・クレーはバウハウスの先生
・抽象画のカンディンスキーと友達
・晩年は病気で体が不自由

作品名は『燭台』なのですが、今一つピンときませんでした。燭台だと思って見てみると、中心にロウソクらしきものがありますね。そして藍色の炎がスッと描かれているのに気づくと思います。藍色がロウソクの炎だとすると、画面全体にちりばめられていることが分かります。ロウソクをいくつも設置できるとてもゴージャスな燭台なのでしょうか?または、中心のロウソクのみ燭台付で、シンプルな作りの燭台なのでしょうか?

燭台の全貌がはっきりしないので、視点を変えてみます。画面全体に幾何学模様が見えますね。丸、三角、四角も描かれています。

丸、三角、四角で思い浮かぶ絵といえば、日本人的には禅画かもしれませんが、ここはワシリー・カンディンスキーで行きたいと思います。

グッゲンハイム美術館
ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)
『コンポジションⅧ』1923

カンディンスキーは、丸・三角・四角の基本形状をリズミカルに描く抽象画の先駆者です。そして、カンディンスキー (クレーより一回りちょっと年上 )とクレーは、「青騎士(主に表現主義の画家たちによる芸術家集団)」や「バウハウス(ドイツの美術と建築に関する総合的な教育を行った学校)」で、 1933年にナチスによりバウハウスが閉校されるまで、 共に活躍しています。長きにわたり活動を共にしているので、お互いに影響を受けていたかもしれませんね。

『燭台』と制昨年が同じ作品をいくつか紹介します。

『 Zeichen in gelb 』1937
ハンブルグ美術館
『無題(成長のしるし)』1937
東京国立美術館
『花のテラス』1937

クレーは、バウハウス閉校後1933年にスイスへ亡命しています。そして1935年に皮膚硬化症を発症しています。作品数は激減しましたが、1937年頃から復調し、手が不自由であるにも関わらず、精力的に多くの作品を残しました。

ベルン美術館
『パルナッソス山へ』1932

皮膚硬化症発症前、1932年の作品です。クレーの最高傑作の点描画(点や短いタッチで描いた絵)です。かなり細かいですね。この作品と比べたら、『燭台』などの1937年の作品は、線や形、色が単純化されているように思います。

クレーは1940年に亡くなりますが、大原美術館の『燭台』は、 皮膚硬化症発症後の 1937年の作品です。復調し多くの作品を制作し始めた年でもあり、なんとこの年、ピカソやブラックがクレーを訪問しているそうです。クレーも次世代に大きな刺激を与えた画家だったんですね。