膵癌の腫瘍マーカーとリキッドバイオプシーについて

膵癌の罹患率は2023年統計で、新規診断数:約47,540件(内訳 男性23,761件、女性23,779件)であり、人口10万人あたりの罹患数は38.2人と言われAIを用いた2025年の罹患数は約48,000人と推計される。これに対し2024年の膵癌による死亡者数は約41,235人であり膵癌全体の5年生存率は、約8〜12%と主要な癌の生存率と比べて極めて低い。この理由として①初期症状が極めて乏しい、②大部分が発見時に進行癌(stage IV)である、③早期から転移しやすい、④早期発見に有効なスクリーニング方法が確立されていない ことなどが挙げられます。

膵臓癌の進行ステージ別の5年生存率は下記のようになります。

ステージ状態5年生存率
Stage 0上皮内癌85〜100%
Stage I膵内限局50〜70%
Stage II周囲進展・リンパ節転移あり20〜45%
Stage III主要血管浸潤5〜24%
Stage IV遠隔転移あり1〜5%
膵臓癌の進行ステージ別の5年生存率

❶膵臓癌の腫瘍マーカー(バイオマーカー)

現在、膵癌に対する実臨床でのGold Standardと世界的に評価されている腫瘍マーカーは、CA19-9のみです(1)。しかしながらCA19-9の早期膵癌に対する感度は、Stage 1: 36.8%、Stage 2: 46.7%と言われています(2)。また現行のcutoff 37 U/mL を用いた場合、特異度は90〜95%と言われています。したがって、早期膵癌(特に手術が根治療法になりうるstage 0-1)に関してはCA19-9によるスクリーニングでは2/3の症例を検出できないことになります。逆にCA19-9値がすでに上昇している症例に関しては、膵癌を疑って画像検査等の精査を追加する意義があると言えます。

一方CA19-9の問題点として、
①偽陽性が多い:糖尿病、慢性膵炎、胆石症、肝硬変、胆管炎、閉塞性黄疸など色々な疾患で値が上昇(陽性判定)する
②Lewis抗原陰性では上昇しない:人口の5〜10%はLewis抗原陰性でCA19-9を産生できないのでLewis抗原陰性者は膵癌であってもCA19-9が上昇しない(偽陰性)


があり、国際的なコンセンサスとしてCA19-9は、”膵癌のスクリーニング”には向かないという認識になります。すなわち、Ca19-9が高値→膵癌という短絡指標としては使えないということです。

その他の腫瘍マーカーとして、SPan-1、DUPAN-2といった腫瘍マーカーが補助診断として用いられていますがこれらも偽陽性の問題や感度の問題があり膵癌のスクリーニングには向いていません。

現時点でのこれらのバイオマーカーを総括すると以下のようになります。

バイオマーカー評価糖尿病(血糖値変動)の影響慢性膵炎での偽陽性率(3)AUC
CA19-9現在の標準比較的受けやすい42.9%0.80〜0.90
DUPAN-2特異度高い、Lewis陰性補助比較的受けにくい11.1%約0.83
SPan-1感度高め、日本で有用やや受ける28.0%約0.85
単独使用不十分
早期膵癌スクリーニングどれも限界あり
新規multi-marker0.90超を目指す
膵癌診断に用いられる腫瘍マーカー(バイオマーカー): C A19-9以外の腫瘍マーカーとして、SPan-1、DUPAN-2といった腫瘍マーカーが補助診断として用いられていますがこれらも偽陽性の問題や感度の問題があり膵癌のスクリーニングには向いていません。*実施のところ血糖コントロールに依存してCA19-9値やその他の腫瘍マーカー値が変動する2型糖尿病患者は、実臨床ではしばしば遭遇することがあり、このような患者に腹部US/MRI(MRCP)検査を行なってもほとんどの症例で異常を指摘できません。

ここで、AUC(Area Under the Curve)は、簡潔に説明すると『その検査がどれだけ“病気あり”と“病気なし”を見分けられるか』を数値化したものです。

AUC評価
0.5ランダム(役立たない)
0.6〜0.7微妙
0.7〜0.8まずまず
0.8〜0.9良好
>0.9非常に優秀
1.0完璧
AUCの値とその解釈:早期膵癌に対してAUC>0.90をカバーするバイオマーカーであればStage0-1診断に効果を発揮する代物であると評価できます。

❷リキッドバイオプシーとは?

通常バイオプシー(生検)は、針や生検鉗子を用いて組織を採取することを示します。例えば胃カメラ(内視鏡)による生検とは、カメラで観察しながら病気が疑われる組織の一部を専用の器具(鉗子)でつまみ取り、顕微鏡で良性か悪性か(がん細胞の有無)を詳しく調べる目的で行われます。これに対してリキッドバイオプシー(liquid biopsy)とは「血液などの体液から癌関連情報を検出する技術」を指します。リキッドバイオプシーの標的は、DNA、RNA、エクソソーム等で代表的な物を以下に示します。

対象内容
ctDNAcirculating tumor DNA(腫瘍由来DNA断片)
CTCcirculating tumor cells(循環腫瘍細胞)
cfDNAcell-free DNA(遊離DNA)
miRNAmicroRNA
exosome腫瘍由来小胞
methylationDNAメチル化異常
リキッドバイオプシーで調べる対象:現在主たる対象は、ctDNA(腫瘍由来DNA)で、癌細胞特有のKRAS、TP53、EGFR、BRAFなどの遺伝子変異を血液から検出します。膵癌では特に、KRAS変異ctDNA
が研究されています。膵癌の約90%以上に KRAS変異 が存在するためです。

しかしながら、Stage I 膵癌では、KRAS ctDNA感度は、約20〜40%程度にとどまります。つまり、半数以上は見逃します。

これに対してmicroRNA(miRNA)をターゲットにした解析では、miR-21miR-10、miR-155、miR-196a、miR-210、miR-16、MiR-20aなどの複数miRNAパネルを用いて、AUC>0.90、感度77〜99%、特異度94〜100%といった成績が報告されています(4)。大規模スタディーがまだ存在しない分野なのでエヴィデンスレベルが高くありませんがメタ解析でもAUC>0.80、国内で尿のmiRNAをターゲットにしたcase control studyではauC≒0.96、stage 1/2a膵癌に対する感度77.8%、特異度95.7%と報告されています(5)。

❸膵癌罹患のハイリスクグループとは?

膵癌診療ガイドライン2022が提唱している膵癌のリスクファクターに関する評価表を下記に示します。

膵癌リスクファクター高度リスク因子中等度リスク因子(太字のいずれか1項目+1項目以上)
膵画像所見腫瘤像、膵管拡張、狭窄、胆管拡張、嚢胞、限局性膵萎縮
糖尿病糖尿病の新規発症、増悪糖尿病
血液検査膵酵素上昇
合併症、家族歴慢性膵炎、IPMN(膵管内乳頭粘液腫瘍)、膵嚢胞、遺伝性膵癌症候群、遺伝性膵炎、家族性膵癌散発的な膵癌家族歴
臨床症状、生活習慣黄疸、腹部症状、背部痛、体重減少飲酒、喫煙、肥満
膵癌リスクファクター:中等度リスク以上に該当する場合は、私見として最低1回は膵癌のスクリーニング検査を受けていただければよろしいかと考えます。

2024.2月、新しい膵癌の補助診断マーカーとしてAPOA2-i index(アポリポタンパクA2アイソフォーム)が保険収載されました。C A19-9 との併用評価ではStage1の感度63.2%と報告されています(2)。このバイオマーカーに関してはオーダーに関して制約限定事項があり、①関連学会の指針に基づき膵癌の高度リスクに該当するもの(ただし本検査を実施する患者が3ヶ月以内にCA19-9検査が行われておりCA19-9の値が37.0 IU/ml以上である場合は保険適応で検査はできない)、②関連学会の指針に基づき膵癌の中等度リスクに該当するものでCEAが陰性で、CA19-9値が37.0〜100 U/mL以下である場合、③関連学会の指針に基づき膵癌のリスク因子が3項目以上該当するものでCEA, CA19-9が共に陰性である場合に限定して1回だけ測定可能と注釈があります。誰でもスクリーニングとして安易に受けることができる検査ではないことには注意が必要です。

❹膵癌を早期診断するために

上述してきたように膵癌をStage0-1の段階で診断するのは極めて難しいと言えます。必要なことは、膵癌に特化したドックなどで簡便で低侵襲な検査(尿中microRNA解析や腹部エコー検査)を受けていただく機会を作っていただき可能な限り膵管拡張だけが認められる段階を見逃さないようにしていただくことだと考えます。上述した膵癌リスク因子が中等度以上ある場合は、今受けておられる健診ドックの項目に腹部超音波検査が含まれているかどうか確認いただき、少なくとも年1回は必ず超音波検査を継続して受けるようにしてください。

参考文献

1.日本膵臓学会膵癌診療ガイドライン改訂委員会編. 膵癌診療ガイドライン2022年版

2. Kashiro A, Kobayashi M, et al. Clinical development of a blood biomarker using apolipoprotein-A2 isoforms for early detection of pancreatic cancer. J Gastroenterol
. 2024 Jan 23;59(3):263–278. doi: 10.1007/s00535-023-02072-w

3.山下好人, 平川 弘聖, et al. 膵癌と腫瘤形成性膵炎の鑑別における腫瘍マーカーの経時的測定の意義. 日消外会誌 1992; 25 : 1222-1227

4.Hassani F, Masrour M, et al. Diagnostic and prognostic accuracy of miRNA sa in pancretic cancer: A systemic review and meta analysis. Journal of Cellular and Molecular Medicine, 2025; 29: e70337 https://doi.org/10.1111/jcmm.70337

5.Baba S, Kawasaki T, et al. A noninvasive urinary microRNA-based assay for the detection of pancreatic cancer fron early to late stages: a case control study. eClinicalMedicine 2024; 78: 102936 https://doi.org/10.1016/j.eclinm.2024.102936

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする